はや12月に突入しました。
12月を師走といいますが久しぶり登場しわす山内です。
私は皆さんご存じ(?)のとおり中堅ダジャラー(ダジャレのセミプロ)ですが、このダジャレというやつは時にヒンシュクを買ったり空気を凍りつかせる厄介な面も存在する、なかなか高度な大人のたしなみでございます。
い かに効果的に会話に、または文章に盛り込むかが鍵でして、そのためには一瞬の判断力と確かな技術とセンスが要求されます。たぶん共感される方もいらっしゃ ると思うのですが、そのためには思いついた瞬間にそれがOKかNGかを見極める洞察力が必要とされます。それは例えれば、ボールとストライクを卓越した選 球眼で見極めるプロ野球選手、オスとメスを高速で仕分けするヒヨコ職人のような高度な作業であります。
(そう考えると冒頭の挨拶はNGです)
口 から発せられたダジャレというのは、その厳しい審査を見事にパスした厳選されたA品です。つまりその裏では日の目を見なかったB品がたくさんお蔵入りして いるわけです。それはとても悲しいことではありますが、その判断の甘さがシビアなダジャレの世界では命取りになります。
例えば私の場合、「半身浴」と聞くとつい「タイガース」が頭をよぎります。でもお蔵入りです。何がいけないか?近すぎるんです。まんまなんですよ、それでは。
ダ ジャレは説明が要らない程度のわかりやすさで、でも多少強引なほうが面白いのです。その絶妙な距離感が大切。例えば「どこのドイツだ」なんてのはそのまん まな上に活字にしなきゃわからない。しかし「どこのドイツだ、おれのジャーマンをするのは」とすると非常にクールだ。でもこれでもまだダメです。いまひと つパンチが足りない。
そう、優れたダジャレには大胆さと強引さとパンチ力があるのです。そして私の思うそれを持ち合わせた天才はあの柳沢 慎吾です。彼は話の途中で「ビーて言うなら...あ、強いて言うなら」とさりげなく挟んでみたり、「かまいたち!あ、おまえたち!」と呼びかけてみたり、その 距離感覚が絶妙なのです。「ぶっ!!」と吹き出す即効性がある。近すぎないからすべらないし遠すぎないからすぐわかる。しかも飽きない。素晴らしい。
ダ ジャレには非ダジャラーには理解できない誘惑があります。その誘惑に負けて無意識につい言いたくなってしまうという酒タバコのような依存性があり、それに よって世のたくさんのお父さんたちがヒンシュクを買うはめになっているという深刻な現実を、非ダジャラーの皆さんにも理解していただきたい。
最近、気温と共に周りの視線も寒さを感じる今日子の五郎です。
12月を師走といいますが久しぶり登場しわす山内です。
私は皆さんご存じ(?)のとおり中堅ダジャラー(ダジャレのセミプロ)ですが、このダジャレというやつは時にヒンシュクを買ったり空気を凍りつかせる厄介な面も存在する、なかなか高度な大人のたしなみでございます。
い かに効果的に会話に、または文章に盛り込むかが鍵でして、そのためには一瞬の判断力と確かな技術とセンスが要求されます。たぶん共感される方もいらっしゃ ると思うのですが、そのためには思いついた瞬間にそれがOKかNGかを見極める洞察力が必要とされます。それは例えれば、ボールとストライクを卓越した選 球眼で見極めるプロ野球選手、オスとメスを高速で仕分けするヒヨコ職人のような高度な作業であります。
(そう考えると冒頭の挨拶はNGです)
口 から発せられたダジャレというのは、その厳しい審査を見事にパスした厳選されたA品です。つまりその裏では日の目を見なかったB品がたくさんお蔵入りして いるわけです。それはとても悲しいことではありますが、その判断の甘さがシビアなダジャレの世界では命取りになります。
例えば私の場合、「半身浴」と聞くとつい「タイガース」が頭をよぎります。でもお蔵入りです。何がいけないか?近すぎるんです。まんまなんですよ、それでは。
ダ ジャレは説明が要らない程度のわかりやすさで、でも多少強引なほうが面白いのです。その絶妙な距離感が大切。例えば「どこのドイツだ」なんてのはそのまん まな上に活字にしなきゃわからない。しかし「どこのドイツだ、おれのジャーマンをするのは」とすると非常にクールだ。でもこれでもまだダメです。いまひと つパンチが足りない。
そう、優れたダジャレには大胆さと強引さとパンチ力があるのです。そして私の思うそれを持ち合わせた天才はあの柳沢 慎吾です。彼は話の途中で「ビーて言うなら...あ、強いて言うなら」とさりげなく挟んでみたり、「かまいたち!あ、おまえたち!」と呼びかけてみたり、その 距離感覚が絶妙なのです。「ぶっ!!」と吹き出す即効性がある。近すぎないからすべらないし遠すぎないからすぐわかる。しかも飽きない。素晴らしい。
ダ ジャレには非ダジャラーには理解できない誘惑があります。その誘惑に負けて無意識につい言いたくなってしまうという酒タバコのような依存性があり、それに よって世のたくさんのお父さんたちがヒンシュクを買うはめになっているという深刻な現実を、非ダジャラーの皆さんにも理解していただきたい。
最近、気温と共に周りの視線も寒さを感じる今日子の五郎です。



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